「一人になんて慣れちゃいけねーだろ」
電気を消すと優しい光が窓から入り込んでくる。
それは赤星が初めて見る光景で、ずっと見てみたかったものの一つでもあった。
新庄慶の習慣がつまった部屋の景色。
赤星はこの部屋へ行きたいと何度も熱心に要求した。
しかし新庄は面倒くさそうに首を横に振るだけだった。
このままじゃらちがあかないと思った赤星は強行突破を試みた。
無理やり、それこそしがみつきながら(彼は本当にしがみついた)この部屋まで辿り着いたのだ。
一歩でも踏み入れればこっちのものだ。
とことん居座ってやろうと決めた。
てこでも動いてやるもんか。
やっと新庄慶という存在が最も染みついている、世界にたった一つしかない場所へとやって来たのだから。
「・・・何の話してんスか」
「てめえの話。一人に慣れすぎて感覚おかしくなってんだろ」
赤星は盛大に眉を寄せた。
岡田のことをドレッドの人と呼んだ。
すると新庄がいい加減名前ぐらい覚えろと文句を言った。
それがつい今さっきの遣り取りで、それとこれとがどう繋がるのか分からなかった。
一人になんて慣れちゃいけねーだろ。
新庄が何気なく言ったことは、赤星にとって時に難解な問題になる。
赤星は真剣に考えた。
新庄を前にした時の赤星はいつどんな時だって、新庄が不気味がるほどに真剣だった。
実際何度も不気味だとか気持ち悪いだとか、そういう類の感想を述べられたことがある。
とにかく赤星は真面目に考えた。
今まで野球のこと以外で頭を使ったことなんて皆無に等しい赤星にはやはりよく分からなかった。
理解したいという気持ちが余計に難しく考えさせたせいでもあった。
「一人に慣れちまってるから人の名前もろくに覚えらんねーんだろうが」
ベッドに寝転んでいる新庄が言った。
相手の困惑や戸惑いになんて少しも気づいていない、いとも偉そうな口調だった。
赤星は布団代わりに床に敷いたこたつ布団の上からそれを聞いた。
赤星が何かにつまずくと新庄は決まって言葉を投げてくれた。
もちろんそれは優しい言葉でも優しい声色でも何でもなかった。
ただ新庄慶が生み出した言葉と声に過ぎなかった。
赤星はたったそれだけで十分すぎるほ嬉しかった。
「閉じてんだよな。いつか何か足りなくなるぞおめーは」
「何かって何?」
「知らねー、何かは何かだろ」
新庄の声が眠そうなそれに変わった。
赤星は目を静かに閉じ記憶の中に封じ込めるようにして聞いていた。
初めて新庄の部屋に泊まる夜の、今にも寝入ってしまいそうな新庄の声、二人だけの会話。
それをいつまでも覚えていられるように。
「あんたは開いてんスか」
「少なくともおまえよりはな。一人なんてクソつまんねーよ」
「俺は一人で良かった。一人が良かった」
「俺は一人なんてごめんだ。一人だったら死んだ方がマシ」
優しい光に包まれた小さな部屋で赤星の中に新庄の哲学が注がれる。
別々に生まれ、別々に育ち、別々に生きてきた。
そしてある日突然出会い、十五年という年月の内のほんの瞬間でしかない今、新庄のことをまた一つ知った。
一人でいることを頑なに守り続けた赤星のささやかな思想が新庄のそれにゆっくりと侵食されていく。
赤星にも今なら痛いほどに分かった。
一人だったら死んだ方がマシだ。
新庄と出会ったことで一人では生きていけないほど弱くなった。
そして一人でいることの寂しさを理解するほど強くもなった。
「俺はあんたに会うために生きてた」
窓の向こうから小さく車の走る音が聞こえてくる。
世界は昨日と何ら変わることなく回っていた。
何の変哲もない夜だった。
だけど、最高に特別なこの夜は大げさなことをためらいなく言わせる力を持っていた。
内心どきどきしながら新庄の反応を待つ。
しかしうんともすんとも言ってこない。
もしやと思った赤星はベッドの上の様子をうかがった。
「寝てるし・・・」
新庄はのん気に寝息を立てていた。
問題を提議した張本人がそそくさと眠り込むなんて一体どんな了見なんだ。
赤星はどんな一瞬だろうとそれが新庄と過ごす時間であるなら真剣に取り組んだ。
けど新庄は同じように真剣でいてくれているのか、それとも何も考えてないのか、全く分からない。
自分に惚れている男の前でこうも無防備な姿をさらすとは。
赤星は深く長いため息を零した。
主が寝てしまった部屋ではその響きが思ったよりも大きく感じられた。
今新庄の一番近くにいるのに、自分たちの意識は全く別のところにある。
眠るということはそういうことなんだと知った。
ため息を吐いたって、寂しいと思ったって、それに気づいてくれなくなる時間。
布団がないからと押入れから引っ張り出されたこたつ布団と毛布を放棄する。
そして新庄の隣に無理やり入った。
「・・・何やってんだコラ」
赤星はしばしの間絶句した。
ため息にも寂しさにも気づいてくれなかったくせに、何でこういう時に限ってすぐ気づくんだろう。
「俺もこっちで寝ます」
「てめーバカなこと言ってんじゃねえ!」
「話聞いてなかった罰」
「ああ?何だ話って」
「すげー大事なこと言ったのに」
「知るかよそんなもん。殺されたくなかったら今すぐ出ろ」
そんなもんとは何てひどい言いざまだろう。
殺されたって出ないと決めた。
そしてやっぱり自分の気持ちは全然理解されていないということに気がついてしまった。
殺されるぐらいで諦めると思っていたら大間違いだ。
「一人じゃ寝れねーっス」
「ガキかてめーは」
「一人じゃ生きてけねーのと一緒でしょ」
もぞもぞと体を動かし、赤星は見事に新庄に密着することに成功した。
さっきとは比べものにならないほど近い距離。
今度こそ正真正銘、一番近くにいる。
「一人が良いんだろ?だったらいつまでも一生一人で生きて一人で寝てろよ」
新庄は掛け布団を目一杯引っ張り、背中を向けた。
これだけ近づいてもなお向けられた背中に境界線を引かれたみたいだった。
いっそのこと、髪の毛一本だとしても新庄の一部になれたら良かったのかもしれない。
そうやって赤星が自分の体さえ疎ましく思っていると、隣からはまたすやすやと穏やかな寝息が聞こえてくる。
「どっちがガキなの」
赤星はそう毒づいたのだがやはりそれが新庄に届くことはなかった。
境界線を引いた大きな背中を強引に抱きしめる。
新庄がここにいるのだという確かな感覚が腕の中に生まれた。
自分の体さえ捨て、新庄の一部になってしまいたいほど一番近くにいたかった。
だけど別々の体があるからこそ抱きしめるという行為が成立するんだ。
赤星の思想が夜の光の中でまた新たに形作られていく。
新庄慶という存在だけを基準にして。
一人では生きていけない。
一人で眠ることさえ出来ない。
だからこそ別々の体で生まれた。
こうして抱きしめるために生まれてきたんだ。
電気を消すと優しい光が窓から入り込んでくる。
それは赤星が初めて見る光景で、ずっと見てみたかったものの一つでもあった。
新庄慶の習慣がつまった部屋の景色。
赤星はこの部屋へ行きたいと何度も熱心に要求した。
しかし新庄は面倒くさそうに首を横に振るだけだった。
このままじゃらちがあかないと思った赤星は強行突破を試みた。
無理やり、それこそしがみつきながら(彼は本当にしがみついた)この部屋まで辿り着いたのだ。
一歩でも踏み入れればこっちのものだ。
とことん居座ってやろうと決めた。
てこでも動いてやるもんか。
やっと新庄慶という存在が最も染みついている、世界にたった一つしかない場所へとやって来たのだから。
「・・・何の話してんスか」
「てめえの話。一人に慣れすぎて感覚おかしくなってんだろ」
赤星は盛大に眉を寄せた。
岡田のことをドレッドの人と呼んだ。
すると新庄がいい加減名前ぐらい覚えろと文句を言った。
それがつい今さっきの遣り取りで、それとこれとがどう繋がるのか分からなかった。
一人になんて慣れちゃいけねーだろ。
新庄が何気なく言ったことは、赤星にとって時に難解な問題になる。
赤星は真剣に考えた。
新庄を前にした時の赤星はいつどんな時だって、新庄が不気味がるほどに真剣だった。
実際何度も不気味だとか気持ち悪いだとか、そういう類の感想を述べられたことがある。
とにかく赤星は真面目に考えた。
今まで野球のこと以外で頭を使ったことなんて皆無に等しい赤星にはやはりよく分からなかった。
理解したいという気持ちが余計に難しく考えさせたせいでもあった。
「一人に慣れちまってるから人の名前もろくに覚えらんねーんだろうが」
ベッドに寝転んでいる新庄が言った。
相手の困惑や戸惑いになんて少しも気づいていない、いとも偉そうな口調だった。
赤星は布団代わりに床に敷いたこたつ布団の上からそれを聞いた。
赤星が何かにつまずくと新庄は決まって言葉を投げてくれた。
もちろんそれは優しい言葉でも優しい声色でも何でもなかった。
ただ新庄慶が生み出した言葉と声に過ぎなかった。
赤星はたったそれだけで十分すぎるほ嬉しかった。
「閉じてんだよな。いつか何か足りなくなるぞおめーは」
「何かって何?」
「知らねー、何かは何かだろ」
新庄の声が眠そうなそれに変わった。
赤星は目を静かに閉じ記憶の中に封じ込めるようにして聞いていた。
初めて新庄の部屋に泊まる夜の、今にも寝入ってしまいそうな新庄の声、二人だけの会話。
それをいつまでも覚えていられるように。
「あんたは開いてんスか」
「少なくともおまえよりはな。一人なんてクソつまんねーよ」
「俺は一人で良かった。一人が良かった」
「俺は一人なんてごめんだ。一人だったら死んだ方がマシ」
優しい光に包まれた小さな部屋で赤星の中に新庄の哲学が注がれる。
別々に生まれ、別々に育ち、別々に生きてきた。
そしてある日突然出会い、十五年という年月の内のほんの瞬間でしかない今、新庄のことをまた一つ知った。
一人でいることを頑なに守り続けた赤星のささやかな思想が新庄のそれにゆっくりと侵食されていく。
赤星にも今なら痛いほどに分かった。
一人だったら死んだ方がマシだ。
新庄と出会ったことで一人では生きていけないほど弱くなった。
そして一人でいることの寂しさを理解するほど強くもなった。
「俺はあんたに会うために生きてた」
窓の向こうから小さく車の走る音が聞こえてくる。
世界は昨日と何ら変わることなく回っていた。
何の変哲もない夜だった。
だけど、最高に特別なこの夜は大げさなことをためらいなく言わせる力を持っていた。
内心どきどきしながら新庄の反応を待つ。
しかしうんともすんとも言ってこない。
もしやと思った赤星はベッドの上の様子をうかがった。
「寝てるし・・・」
新庄はのん気に寝息を立てていた。
問題を提議した張本人がそそくさと眠り込むなんて一体どんな了見なんだ。
赤星はどんな一瞬だろうとそれが新庄と過ごす時間であるなら真剣に取り組んだ。
けど新庄は同じように真剣でいてくれているのか、それとも何も考えてないのか、全く分からない。
自分に惚れている男の前でこうも無防備な姿をさらすとは。
赤星は深く長いため息を零した。
主が寝てしまった部屋ではその響きが思ったよりも大きく感じられた。
今新庄の一番近くにいるのに、自分たちの意識は全く別のところにある。
眠るということはそういうことなんだと知った。
ため息を吐いたって、寂しいと思ったって、それに気づいてくれなくなる時間。
布団がないからと押入れから引っ張り出されたこたつ布団と毛布を放棄する。
そして新庄の隣に無理やり入った。
「・・・何やってんだコラ」
赤星はしばしの間絶句した。
ため息にも寂しさにも気づいてくれなかったくせに、何でこういう時に限ってすぐ気づくんだろう。
「俺もこっちで寝ます」
「てめーバカなこと言ってんじゃねえ!」
「話聞いてなかった罰」
「ああ?何だ話って」
「すげー大事なこと言ったのに」
「知るかよそんなもん。殺されたくなかったら今すぐ出ろ」
そんなもんとは何てひどい言いざまだろう。
殺されたって出ないと決めた。
そしてやっぱり自分の気持ちは全然理解されていないということに気がついてしまった。
殺されるぐらいで諦めると思っていたら大間違いだ。
「一人じゃ寝れねーっス」
「ガキかてめーは」
「一人じゃ生きてけねーのと一緒でしょ」
もぞもぞと体を動かし、赤星は見事に新庄に密着することに成功した。
さっきとは比べものにならないほど近い距離。
今度こそ正真正銘、一番近くにいる。
「一人が良いんだろ?だったらいつまでも一生一人で生きて一人で寝てろよ」
新庄は掛け布団を目一杯引っ張り、背中を向けた。
これだけ近づいてもなお向けられた背中に境界線を引かれたみたいだった。
いっそのこと、髪の毛一本だとしても新庄の一部になれたら良かったのかもしれない。
そうやって赤星が自分の体さえ疎ましく思っていると、隣からはまたすやすやと穏やかな寝息が聞こえてくる。
「どっちがガキなの」
赤星はそう毒づいたのだがやはりそれが新庄に届くことはなかった。
境界線を引いた大きな背中を強引に抱きしめる。
新庄がここにいるのだという確かな感覚が腕の中に生まれた。
自分の体さえ捨て、新庄の一部になってしまいたいほど一番近くにいたかった。
だけど別々の体があるからこそ抱きしめるという行為が成立するんだ。
赤星の思想が夜の光の中でまた新たに形作られていく。
新庄慶という存在だけを基準にして。
一人では生きていけない。
一人で眠ることさえ出来ない。
だからこそ別々の体で生まれた。
こうして抱きしめるために生まれてきたんだ。
君の思想に犯されていく