よく海へ行った。
言葉も交わさずにふらふらと街を彷徨い、行く場所をなくしたらポケットから小銭を取り出して電車に乗った。
海まで行くには少し不便な街だった。
それでもこの小さな島国では彷徨った最後に辿り着くのが海だった。
海はいつも広くて、二人を静かに迎えてくれた。
堤防に座り、見渡す限りに広がる海を眺める。
果たして自分は海が見たかったのだろうか?
そんな疑問と向き合ったのは赤星だった。
だけど、たまにはこんな風に海を見るのだって悪くない。
そんな答えを導き出しては何も出来ない自分をうやむやにした。
触れたくて触れたくて仕方なくて、そう思えば思うほど怖かった。
「もうすぐ日本から出る」
「・・・はあ?」
突然告げられた台詞を一瞬理解出来なかった赤星はすっとんきょうな声を上げた。
「日本離れる」
「誰が?」
「俺が」
新庄が振り返ってそう言った。
赤星は声をなくして固まった。
心臓が壊れたみたいにフルスピードで鳴ってる。
「いつ?」
「そうだな、来月あたりにでも」
「・・・離れるって何?」
「外国行く」
一呼吸置いた赤星がもう一度口を開こうとした時、若いカップルが二人の後ろを通って行った。
声はこうも簡単なきっかけで儚く消えて行く。
赤星は何も言えなかった。
現実を否定するかのように通行人をただやり過ごした。
「嘘だよ」
茫然自失だった赤星に正反対の笑みを浮かべた新庄が言った。
肩を揺らして笑う新庄を目視した赤星は思い切り眉をひそめた。
「意味分かんねーんスけど」
「突然外国行くなんて嘘に決まってんだろバカ」
「・・・ついて良い嘘と悪い嘘があんスよ」
「つうか甲子園目指してんのに外国なんか行くかよ。おまえ騙されやすいな」
新庄がにやりと口の端を吊り上げる。
しこたま腹が立った。
相手がこの金髪でなければ一発や二発ぶん殴って海の中に捨ててやった。
しかし相手は新庄だった。
赤星にはそれがすべてだった。
そもそも相手が他の誰かだったら嘘を言われたって微動だにしなかった。
それより、海へ来ることさえなかった。
街を彷徨うこともなかったし、苦しむことだってなかった。
愛することもなく、触れたいと思うこともなく。
何の願いもなく単調な呼吸を意味もなくただ繰り返してるだけで良かったんだ。
「・・・実は俺大病患ってんの」
「へえ、そうか」
「末期で、余命一ヶ月」
ふうん、新庄は何でもなさそうな声を漏らした。
「・・・血も涙もあったもんじゃねえ・・・恋人が余命一ヶ月だっつうのに何とも思わないわけですか」
赤星がそう言うなり新庄は真っ赤になって怒鳴り散らす。
「誰が恋人だコラ!?いかれたこと言ってっとぶっ殺すぞっ!」
「そこ突っかかる前に大病について何か言うことねーのかよ!」
お決まりのやり合いが始まった。
頭がおかしいだの何だの、優しさの欠片もないだの何だの。
二人は飽きもせず同じ言い合いを昨日と同じだけの情熱でもって繰り返した。
空っぽの本音でぶつかり合った。
まるで自分たちが昨日と同じであることを確かめようとするみたいに。
「さっさと死んじまえ」
「マジひでえ」
本気で死んでやろうかと思った。
赤星は新庄の見え透いた嘘にさえ気づけなかった。
嘘も本当も、それを紡ぐ声も言葉も。
信じる以外何もなかった。
赤星には新庄がすべてだった。
自分が新庄を騙せることなんて永遠にないだろうということを悟らずにはいられなかった。
「今ここで死んだらどうする?」
「キスぐらいしてやる」
嘘か本当か、新庄がまたにやりと笑った。
海は広かった。
赤星にとって海は海でしかなかった。
けれど何故だか優しく見えた。
新庄は赤星の中にある海という概念に新しい要素をつけ足し、そんなことに気づきもしないでいたずらに笑う。



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僕は君の嘘に気づけない、絶対